クラフトビール市場の流通構造と成長ポテンシャル
近年、世界各地でクラフトビールブームが続いており、その市場は急速に拡大しています。Fortune Business Insights が公表した市場調査レポート「Craft Beer Market」によると、世界のクラフトビール市場は今後も高い成長率を維持すると予測されています。本稿では、同レポートの数値を手がかりに、クラフトビール市場の規模、Covid-19の影響、タイプ別・流通チャネル別・地域別の動向を整理し、2021〜2028年の展望を考察します。
- 世界クラフトビール市場の規模と成長予測
世界のクラフトビール市場規模は、
- 2020年:952億3,000万米ドル
- 2021年:1,025億9,000万米ドル
と推計されており、 - 2028年には2,107億8,000万米ドルに達すると予測されています。
これは、2021年から2028年にかけておよそ年平均約11%前後の成長率(CAGR)に相当し、飲料市場の中でもきわめて高い伸びです。特に注目すべきは、アジア太平洋地域が世界最大のシェアを占めており、予測期間中に年平均10.50%という力強い成長が見込まれている点です。
この拡大を支えている要因としては、以下が挙げられます。
- プレミアム志向・高付加価値商品の選好拡大
- 地元産品やクラフト・職人性への支持
- 若年層を中心とした新しいフレーバーへの関心
- 食文化や観光との結びつきによる需要創出
従来の大量生産型のラガービール中心の市場構造から、多様なスタイル・小規模生産者が共存する多元的な市場へと変化しつつあると言えます。
- Covid-19パンデミックの影響
2-1. 短期的な打撃:オン・トレードの急減
Covid-19パンデミックは、クラフトビール市場にも大きな影響を及ぼしました。とりわけ、
- レストラン
- バー
- パブ
- ホテル
などでの対面販売(オン・トレード)は、ロックダウンや営業時間制限により需要が急減しました。
クラフトビールは、樽生での提供やタップルームでの体験型消費が重要な販売チャネルであるため、小規模ブルワリーほど打撃が大きかったと考えられます。
2-2. オフ・トレードとECの急成長
一方で、
- スーパーマーケット
- コンビニエンスストア
- 専門酒販店
- オンライン販売(EC)
といったオフ・トレードチャネルは、自宅飲み需要の増加により大きく伸長しました。
缶やボトルで販売されるクラフトビールのラインアップ拡充、オンライン限定の商品、定期配送サービスなど、パンデミックを契機に新たなビジネスモデルが浸透しつつあります。
2-3. 中長期的にはプラス要因も
パンデミックによる一時的な需要減はあったものの、
- 消費者が「家飲み」でクラフトビールを試す機会が増えた
- オンラインを活用した情報発信・コミュニティ形成が進んだ
- 生産者側も多様な販売チャネルを開拓した
といった変化は、中長期的な市場拡大に寄与すると見られます。実際、市場全体としては2021年以降、再び高い成長軌道に乗ると予測されています。
- タイプ別動向:エール、ラガー、ピルスナーなど
クラフトビール市場は、主に以下のタイプに区分されます。
- エール(Ale)
- ラガー(Lager)
- ピルスナー(Pilsner)
- その他(ウィート、サワー、フルーツビール、スタウトなど)
3-1. エール(Ale)
エールは、クラフトビールの中核をなすカテゴリーです。特に、
- IPA(インディア・ペール・エール)
- ペールエール
- セッションエール
- スタウト、ポーター
などのスタイルが世界中で高い人気を誇ります。
ホップの香りや苦味を強調したIPAのブームは、クラフトビールの象徴的なトレンドとなっており、
- 柑橘系やトロピカルフルーツを思わせるアロマ
- ドライホッピングなどの技術革新
- ダブルIPAやヘイジーIPAなどの派生スタイル
といった多様な表現が次々と生まれています。
3-2. ラガー(Lager)
ラガーは従来、大手メーカーの大量生産ビールの代名詞でしたが、クラフトの世界でも、
- 長期熟成による風味の深み
- こだわりのモルト・ホップ配合
- 低温発酵技術を生かしたクリアでクリーンな味わい
を前面に出したプレミアムラガーが増加しています。スッキリと飲みやすく、既存のビール愛飲者にも受け入れられやすいため、クラフト初心者向けのエントリースタイルとしても重要です。
3-3. ピルスナー(Pilsner)
ピルスナーはラガーの一種ですが、
- 黄金色の外観
- 爽快な喉ごし
- ほどよいホップ苦味
といった特徴を持ち、世界的にスタンダードなビアスタイルとして確立しています。
クラフトブルワリーは、ピルスナーにおいても、
- 地域産ホップの活用
- 少量仕込みによるフレッシュさの追求
- 伝統レシピと現代的アレンジの融合
などで差別化を図っており、「飲みやすいが個性もある」ビールとして支持を集めています。
3-4. その他のスタイル
近年は、以下のような個性的なスタイルの市場存在感も高まっています。
- ウィートビール(ヘフェヴァイツェン、ベルジャンウィットなど)
- サワービール(ベルリナーヴァイセ、ゴーゼなど)
- フルーツビール、ハーブ&スパイスビール
- 樽熟成ビール(バレルエイジド・スタウト等)
これらは、ビールに馴染みの薄かった層や、ワイン・カクテルファンにもアピールできるスタイルとして、クラフトビールの裾野拡大に寄与しています。
- 流通チャネル別分析:オン・トレードとオフ・トレード
クラフトビールの流通チャネルは、大きく以下の2つに分類されます。
- オン・トレード(On-trade):店内提供(レストラン、バー、パブ、ホテル、タップルームなど)
- オフ・トレード(Off-trade):持ち帰り販売(小売店、スーパー、コンビニ、ECなど)
4-1. オン・トレード:体験価値の提供拠点
オン・トレードは、クラフトビールの「体験価値」を訴求するうえで極めて重要です。
- 生産者と消費者が直接交流できるタップルーム
- フードペアリングを楽しめるレストランやビアパブ
- 限定醸造やコラボビールのような現地でしか味わえない商品
などが、ブランドロイヤルティの醸成に大きく貢献しています。パンデミックで一時的に縮小したものの、各国で規制が緩和されるにつれ、再び需要は回復傾向にあり、観光やイベントの再開とともに、今後も重要性は高まると見込まれます。
4-2. オフ・トレード:量的拡大を支える主戦場
一方、市場規模の拡大という観点では、オフ・トレードの役割が大きくなっています。
- スーパーやコンビニでのクラフトビール棚の拡大
- 専門店による冷蔵陳列と適切な品質管理
- 自社オンラインストアや総合ECモールでの販売
- サブスクリプション型の定期購入サービス
などにより、より多くの消費者が日常的にクラフトビールを選択できる環境が整いつつあります。特に、缶ビールの品質向上とデザイン性の高さは、店頭での視認性と購買意欲を高める要因となっています。
- 地域別動向とアジア太平洋市場の存在感
5-1. アジア太平洋地域:最大市場かつ高成長
レポートによれば、アジア太平洋地域はクラフトビール市場で最大のシェアを保持し、予測期間中に10.50%のCAGRで成長すると見込まれています。主な要因としては、
- 中間所得層・富裕層の拡大
- 都市化の進展と外食産業の発展
- 若年層を中心としたライフスタイルの多様化
- 観光産業との連動(地ビール・ご当地ビール)
が挙げられます。
日本では、1990年代以降の酒税法改正を契機に地ビールブームが起こり、近年は第2次、第3次クラフトビールブームとも言える状況です。地域の農産物や特産品を活かしたビール、フードペアリングを重視したレストラン併設型ブルワリーなど、観光・地域振興と結びついた取り組みも増えています。
中国、韓国、オーストラリア、インドなどでもクラフトブルワリーが急増しており、多様なスタイルのビールが市場に登場しています。
5-2. 北米:成熟市場としての進化
北米、特に米国は、クラフトビールムーブメントの先駆的地域です。多くのマイクロブルワリーやブリューパブが存在し、
- 超ローカル志向の小規模ブランド
- 広域流通を行う中規模クラフトブルワリー
- 大手メーカー傘下に入った「クラフト系ブランド」
など、多層的な市場構造が形成されています。やや成熟感も指摘される一方で、
- 低アルコール・ノンアルコールビール
- ハードセルツァーや他カテゴリーとの競合
- 健康志向やサステナビリティ対応
といった新たなテーマに沿った製品開発が進んでいます。
5-3. 欧州:伝統と革新の共存
欧州は、ビールの伝統国を多く抱える地域です。ドイツ、ベルギー、英国、チェコなど、歴史あるスタイルと品質基準を持つ国々で、近年はクラフト的なアプローチを取り入れたブルワリーが増えています。
- 伝統スタイルの高品質再解釈
- ローカルホップや有機原料の使用
- 小規模ブルワリーによる実験的なサワーやバレルエイジドビール
など、クラシックとモダンが混在するユニークな市場となっています。
5-4. その他の地域
中南米や中東・アフリカでも、都市部を中心にクラフトビール文化が広がりつつあります。まだ市場全体に占めるシェアは小さいものの、
- 旅行者・駐在員を起点とした需要
- 現地食材を活用した特色あるビール
- ソーシャルメディアを通じた情報拡散
を通じて存在感を高めており、中長期的には成長ポテンシャルの高い地域と考えられます。
- 成長ドライバーと主要トレンド
世界のクラフトビール市場を押し上げている主なドライバーとトレンドは以下の通りです。
- プレミアム化:価格よりも品質・体験価値を重視する傾向
- 多様なフレーバー:ホップ、果物、スパイスなどを活かした新しい味わい
- ローカル志向:地元産原料や地域文化へのこだわり
- サステナビリティ:環境配慮型醸造、水使用量低減、再生可能エネルギー利用など
- デジタル活用:SNSによる情報発信、オンライン販売、レビューサイトの影響力
これらの要素が複合的に作用し、「単なるビール」ではなく、「ストーリーとコミュニティを伴うクラフトビール」という新しい価値提案を生み出しています。
- 市場が直面する課題
急成長の一方で、クラフトビール市場はいくつかの課題にも直面しています。
- 競争激化:ブランド数の増加による差別化の難しさ
- 規制・税制:酒税や広告規制など、国ごとに異なる法制度への対応負荷
- サプライチェーンリスク:ホップ・麦芽価格の変動、気候変動による原料供給不安
- 品質管理:小規模生産での一貫した品質維持、流通・保管時の温度管理
これらに対応するためには、規模の経済だけでなく、
- コラボレーション(他ブルワリーや飲食店との協業)
- 共同仕入れや共同物流
- 醸造技術・分析技術の高度化
といった取り組みも重要になります。
- 2021〜2028年の展望と企業への示唆
2021年から2028年にかけて、世界のクラフトビール市場は規模を約2倍に拡大すると予測されています。この成長期において、ブルワリーや関連企業が意識すべきポイントは以下のように整理できます。
- 明確なブランドストーリーと地域性の訴求
- タイプ別ポートフォリオの最適化(飲みやすいラガー系と個性的なエール系のバランス)
- オン・トレードとオフ・トレードを組み合わせたオムニチャネル戦略
- デジタルマーケティングとオンライン販売の強化
- 環境配慮や社会貢献を含むESG視点の導入
消費者の嗜好がより細分化し、多様性が求められる時代においては、「小さいからこそできる柔軟な発想」と「継続的な品質・供給」の両立が成功の鍵となります。
クラフトビール市場は、単なる飲料産業を超え、地域文化、観光、農業、デザイン、ITなど多様な分野とつながるエコシステムへと発展しつつあります。2028年に向けた高成長が予測される今こそ、各プレーヤーにとって新たな価値創造のチャンスが広がっていると言えるでしょう。

